映画「emergo Apartment 143」 エメルゴアパートメント143 解説と感想

●ケイトリンの心理

ケイトリンの態度や行動は統合失調症と反抗期という複雑なものからだろうが、劇中にあるいくつかの気になるセリフがケイトリンの心理を理解する手助けになりそうだ。
エレンとポールが彼女の部屋に入ったときに

「みんなお父さんのせいなのよ」

と呟き、それに聞き返した彼らに対して

「あなたに話しているんじゃない」

と言ったのはなんだろうか。幽霊に話しかけているのだろうか。あるいはカメラのレンズに映りこんだ自分自身にだろうか。誰に『お父さんのせい』と言葉にすると会話が成立するのだろうか。仮に彼女が幽霊と話せるとして、幽霊がどんな話をしたり聞いてきたりしているのだろうか。
その夜に行なった音による実験は、全員が黙っている中で、ヘルザーが代表して『あなたは誰ですか』などと空に向かって問いかけ、その録音からノイズを除去して霊の声や音などを捉える試みがなされた。結果はなにも出てこなかったが、実験中にヘルザーがアランに、「(幽霊に)なにか質問したいことはありますか」と問いかけると、すかさずケイトリンが

「誰があなたを殺したの?」

と言った。とりつかれているケイトリンではなくケイトリン本人からでた言葉に聞こえる。彼女にとっては一番のトピックスだ。ケイトリンは母親が死んだ理由をはっきりと知りたいのだ。彼女の幼い想像力では、お父さんが至らないせいで母親が自殺してしまったんだ、などとしか思えていないようだ。大人の非常な事情を理解できないのはしかたないことだし、素直な反応だとも言える。だがこの誤解とも言える彼女の思いの強さがすべての現象の原因になってしまったのだ。説得しようのない事情を話したとて、彼女のようなまだ年端もいかない少女には理解することができないかもしれない。そしてまた彼女は理解したくても「できないこと」ということにジレンマを感じているのだ。思春期というものはおよそそういうものではないだろうか。しかし、そんな理解を広げることができない彼女でも、どうやら幽霊には理解が働くらしい。
研究所のチームが到着して間もない頃にポルターガイスト現象が起こったときに、ベニーを抱き抱えて
「私の後ろにいるから大丈夫、私の後ろにいるから大丈夫」
と彼を守りながら唱え続けているシーンがある。これはいったいなんだろうか、聖書かなんかの常套句だろうか。あるいはケイトリンには幽霊が見えていて、彼女の背後にいることを知ってのことなのだろうか。ただ、怯えているということは、彼女自身は幽霊とコミュニケーションをとることはできていても、コントロールできているわけではないということがわかる。
彼女は家庭内で、孤立してしまっている、助けが必要なのに助けを求める相手もいない、と思い込んでいるに違いない。自分自身で作り上げた孤立であって助けを求める手段がないことを認めないことで自我をやっと保てているかのようだ。彼女はいま静かな大きい波の前にいて、大人になることへの恐怖を味わっている。普通の子供ならばある程度で済むが、ケイトリンの場合は、最愛の母親が淫乱で、ケイトリンの目の前でその姿をどこぞの馬の骨かわからない男と見せつけられ、そのまま母親は死んでしまったのだ。これから迎える大人という世界はどんなものだろう、そう思うと失せたも希望とショックはさらに彼女の心をえぐっていったに違いない。この状況が自分の避けられぬサガであり、統合失調症にかかっているとは知らないながらも母親と似た症状が発症していることに薄々気がついている小さな孤立した彼女にとっては、目の前にある事象すべてははるか大きな波となって押し寄せていることになるだろう。
ケイトリンの言動ではないが、憑依したときにとりついた幽霊がヘルザーの問いかけにこう答えている。

『私たちは大勢だ』

声からして幽霊が女ではないことがわかるが、lot of usという多数の幽霊がこの現象を起こし、また彼女にとりついていることから、幽霊は母親ではないことがわかる。もし彼女が母親の幽霊とコミュニケーションを取れているのならば、母親と話しているようなもので、怯える必要も、誰が殺したのかなどと質問する必要もない。おそらく彼女は大勢の幽霊とコミュニケーションをとっていたのではないだろうか。そして幽霊たちは悪魔のように彼女に味方するようなことを約束したのではないだろうか。ある見方をすれば、幽霊は彼女を守っていて、彼女を悩ませるものすべてになにかしらの反発をして抗議しているともとれる。
つまるところ、逃げ場のない少女が幽霊たちと手を組み、また利用され、父親を悪としたてて、見えてこない将来に悩みに悩んでいるのがケイトリンの心理だとすればつじつまがあう。ポルターガイストもホーンティングも種別なく混ざった状態の修羅場になっている。
この映画では幽霊を介してケイトリンの心理をうまく表現しているから、我々観客は彼女の心の内を知ることができる。だが、日常で身近にいる大人や幼い子供たちを理解しきることは難しく、解決されているものはどれくらいあるのだろうか。もし身近にいる人たちが霊力ででも心をあらわにしてくれたらどんなに助けになるだろうか。

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